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停滞

5月以降希死念慮がひどく20代中盤を思い出している。

きっかけは恥ずかしくて書けないがパートナーが欲しいというマインドになったのだ。今はパートナーはいなくても良いが50歳とかになったら苦しいのだろうと思っていが、31歳で苦しいことがわかった。

転職して安定した日々を手に入れたときはもうこれ以上何もいらないと思っていたが、今ではそれに慣れてしまい今度は孤独を満たしたいと思ってパートナーが欲しくなっている。以前子供が欲しいという感覚がわからないと書いたが、少しわかるようになった気がした。もしパートナーができたとしたら何かしらのきっかけで心境の変化があって子供が欲しいと思うようになるのかもしれない。足るを知るのは無理なのだろうか。

孤独感と虚無感が膨れ上がって、この感覚を抱いていない世間の人々に嫉妬し、嫉妬している自分に嫌悪感を抱いて、孤独感と虚無感に拍車をかけるというフィードバックループが完成する。これに陥ると睡眠のパターンが狂って、普段は23時に寝て7時に起きているのだが、寝付けず気付いたら2時になっていたり4時とかに目が覚めるようになる。その結果日中の気分も最悪になる。ずっと脳を暗鬱のヴェールが覆っている感じ。ポッドキャストを聞いていても途中から自分の思考が遮ってきて全然頭に入ってこない。唯一お笑いだけは聞く/見ている間は何も考えずにいることができた。冗談抜きで芸人は人を救っていると思う。

8月の日記はそんな日々が断ち切れた時のもの。尊敬する人があまりに謙虚で、なんか圧倒されて布団の中で一時間くらい泣いていた。

けどまだ以前の状態には戻れてはいない。気を紛らわす程度には趣味はあるが生きる喜びとまではいかない。

ニーチェのツァラトゥストラを読み始めた。なにも分からない。最初の転落死した大道芸人を哀れに思って死体を背負って数日彷徨って結局木の洞に遺棄したところは意味不明で面白かった。あとはストーリーのようなものはないし何が言いたいのか全然わからない。退屈なんだけどたまに面白いことを言う。今のところの感想としては、超人になれたら良いけどそもそも「超人になれたら良い」に全然共感できない人として生まれてくるのが一番幸せなのかもな、という具合だ。読み切らない気がする。

精神科に行くことも考えるがネットで見ていると薬を処方されてる人は僕よりもかなり危機的な状況の人たちだしカウセリングを受けてる人たちはあまり効果ない上に費用がかさみそうだよなと躊躇してしまう。外出するのは億劫だし医者と話すのにもエネルギーを要する。ブログで文字にまとめて公開するというのがセラピーになっている気がする。

先日会社の先輩にトーンダウンした内容で相談したら多少気分は楽になった。話せる人がいるというのはありがたい。

パートナーさえできれば根本解決できるかどうかも怪しい。100%受け入れられる相手というのは存在しない気がしている。異なる人間同士なのでお互い譲れないところが10%あったとして、僕はそれを永遠に悩みの種として抱えてどうしようもなくなってしまいそう。そういう気質な気がしている。